私のすぐに職場の身近なところに、典型的な“オヤジ”がいます。
その人は。。。
人が痰をティッシュで処分するのを「行儀が悪い」と批判するけど、
人前で平気でゲップをする。
- 人が机に落ちたタバコの灰を手で払ったら「行儀が悪い」と批判するが、
自分の捨てたゴミが クズカゴからこぼれても気にしない。 - 自分のマグカッップは、汚れて黄ばんでいても平気でコーヒーを飲めるのに
人のマグカップを「汚いでしょう。」とこれ見よがしに見せてくれる。 - 書類が自分のデスクから溢れて、人のデスクにまで侵食しているにも関わらず、
イスが曲がっているだけで、「汚らしいから直しておけ!」と注意する。 - 打ち合わせなど、人には「あわてないように、ちゃんと事前に準備しておけ!」と
口煩くいうけど、自分は一番重要な書類を忘れる。
まぁ、出だしからイキナリ品のない話で申し訳ないのですが、
こんな人が間近に、しかも目上で、しかもほぼ二人きりという状況なので、
正直、最近精神的に参ってます。
この人物、仮にOさんとします。
私はOさんほど見事な“オヤジ”に、今だかつて出会ったことがありません。
このブログの趣旨からそれますが、今回はOさんを通して“オヤジ化”について考えてみます。
“オヤジ”の定義の前に、最近、人間は4つのタイプに大別できることを発見しました。
4つのタイプとは
- 人の気持ちわからず、気も使えない人
- 人の気持ちはわかるが、気は使わない人
- 人の気持ちはわかないが、気を使う人
- 人の気持ちがわかり、気も使う人
ここで、「気持ちがわかる」というのは、相手の立場に自分を置き換える、
最低限の想像力のことを指し「気を使う」というのは、
言葉の通りの意味です。
(1)に関してはいわずもかな、ハッキリいって「使えない人」です。
(2)に関しては、世の中のほとんどの人が当てはまるのではないかと思います。
別に人に気を使わないからといって、責められることはありません。
ようは、「迷惑かけなければ」いいわけですから。
(4)に関しては、本当に「いい人」ということになります。
で、一番やっかいなのが(3)です。
そして、世の中のほとんどの“オヤジ化”した人は(3)であると確信します。
冒頭の例を見ればわかる通り、Oさんは見事(3)に当てはまる人です。
行儀やマナーなどをやたらと人に指摘したがるのは、社会人として、
人生の先輩として、Oさんなりの「気配り」なのですが、
「自分が人に不快感を与えてない」という前提が崩れてます。
世の中大半の人が、(2)の“人の気持ちはわかるが、気は使わない人”で
あると指摘したのは、大抵の人が「自分は人に不快感を与えているかも?」
という恐怖心があるからです。
しかし、年を重ね、経験を積んだり、自身の社会的信用・立場が
あがることによって、「自分は人に不快感を与えているかも?」
という恐怖心が薄れてしまいます。
さらに、経験や立場があるばかりに、
周囲との接点となる感性が鈍化します。
結果、Oさんの様に、自分が人に不快感を与えているのを棚にあげ
(それ以前に気づいてすらいない?)
他人の行動ばかりを指摘するようになります。
Oさんを見るたびに、“オヤジ化”の恐怖と戦慄を覚えます。
ついボソっと「最近の若いものは」つぶやいたり、目下の
無作法に不快感を覚えたら、危険でしょう。
ちなみにこのOさん、典型的な“オヤジ”行動として、人を型に嵌めたがります。
会って、10分くらい話した時点で「キミは論理型○○タイプだね」とか、
まことにありがたい分析をしてくれました。
それも、2時間くらいの「マネジメントセミナー」とかで身につけた知識です。
心療内科や、精神科の医師でも患者のタイプを分析するのに、
数ヶ月もかけるのに会って10分で人のタイプが
分析できれば苦労はいりません。
ついでに、加齢臭がものスゴイです。3m位で臭ってきます。
同じフロアにいると頭がイタイ。
“オバサン”と“オヤジ”でいうなら、
男の方が粘着質なだけ”オヤジ”の方がやっかいです。
とまぁ、すっかり身辺の愚痴になってしまいましたが、
せめてOさんを反面教師として
自分自身の“オヤジ化”食い止めるしか抵抗する手段はありません。
しかし、なんの役にたたない記事になってしまった。。。


